セルジオ・コーヒー2011/03/21
まだ日の出ない早朝、うるさく鳴る目覚ましを止めて布団の中で大きく深呼吸をする。布団の中から手を伸ばしてカーテンを開けると、窓ガラスは結露でびっしょりと濡れていた。大粒の水滴がまだ暗い窓の外の景色をぼやかしている。彼は起き上がって服を着替えると台所に行き、やかんを火にかけてコーヒーの準備を始める。一月に一度、街へ出かけて仕入れてくるコーヒー豆は、特にこだわりがあるという訳ではないのだが、もう十年以上も同じ店のものだ。店の主人は変わりもので、彼が行くたびに喜んで新しく仕入れたコーヒー豆の出生を長々と話し出すけれど、彼はおとなしく話を聞いて店の主人が満足して語り終えるのを待つことにしている。今日は丁度、新しいコーヒー豆の封を切る日で、店の主人によればそれは、ニカラグアのセルジオさんによって丹精込めて育てられた豆、ということだ。
ミルに豆を入れてハンドルを回す。するとカリカリと乾いた音が響く。やかんからは湯気が上がり、シュンシュンと機関車のような音を立てている。その合奏はめざましの暴力的な音に比べて、なんと心地のよい音なのだろう。フィルターに粉を入れて、その中央を指で窪ませる。そこに五百円硬貨分くらいのお湯を注いで暫く待つ。うすっらと上がる蒸気からコーヒーの快い香りが漂ってくる。窓の外では太陽こそまだ顔を出さないが、それまではただ黒い塊のようだった山の稜線がうっすらと見え始める。彼はその山をイメージしながらお湯を注いでいく。フィルターの中でコーヒーが山のように膨らんで、無数の小さな泡を立てる。
芳ばしく焼けたトーストにバターを塗って口へ運ぶと、彼はもぐもぐと咀嚼しながらコーヒーを飲み、うっすらと白み始めた窓の外を眺める。空には西側に光の弱まった星々が、東側に朝焼けを背負う山々が見えていた。浮かぶ雲は少しずつ形を変えながら東の方へと流れていく。彼は雲を見送りながらカップの底に残ったコーヒを飲み干した。
こんな平和な日々が早く戻ってきますように。