死への抗い2008/10/12
鳥海山のブナ林を歩いていると、人の身体の内部がえぐられ、
ドロドロした物質と生物の間のようになった奇形ブナが立ち並んでいて、
その様子に私は少し吐き気を催していた。
それは強い生命力でそそり立っていたが、同時に死について深く考えさせられるものだった。
私は目眩のするような奇形ブナの姿に自分の生と死を投影していたのだ。
自分はこれほどまでに必死で生き、死に抗っているだろうか?
人々は時に死を認識しているためか、死を受け入れ、いつか来るものとして覚悟している。
しかしそれは本当は覚悟なのではなく諦めなのではないか、私は奇形ブナを目の前にしてそんな風に考えていた。
それほどまでに奇形ブナは生に執着し、死をあらん限り遠ざけようとしていた。
大地を鷲掴みにして水を吸い上げ、他の木々よりもより空を望み、
既に数百年を過ごして来たのにも関わらず、まだ生きたりないとでもいうように空高く伸びていた。
旅の一番最初に見たものがそんなものだったためか、
私はそれから見る全てのものが「生と死」を主題にして見えてくるように思えた。
それはとても腕の良い職人が作った眼鏡のように、
あらゆるものの生と死のより根源的な部分をくっきりと見えるようにしていた。
高地では既に始まっていた紅葉も、これから始まる冬を前に燃えるように赤々とし、
木々の生の証として山々に広がっていた。
薄暗くなって来た山道を音もなくフクロウが横切って行った。
すぐ近くから聞こえて来たクマゲラの木を叩く音が、トントントンと山々に鳴り響いていくと、私はふと森に一体化してしまっていたような錯覚から覚め無我夢中で歩いていた。