梅雨空の紫陽花2008/06/04
梅雨入りした空を見上げながら歩いていると、高層建築が立ち並ぶ空の向こうまで一寸の晴れ間も見せず、まるで世界に蓋をするように灰色の雲が重く伸しかかっていた。すぐ脇の国道は交通量が多く、むせるような排気ガスが立ち込めているが、まるでその排気ガスがそのまま雲になってしまったような、そんな空模様だった。歩道のあちこちには水たまりが出来、次々と落ちてくる雨粒に波紋を広げながらゆらゆらとどんよりした空を映していた。
私は気が滅入りそうになりながら、もはや空を見るでもなく、水たまりを覗くでもなく、ただ目的地に向かって歩いていたのだが、様々なものが立てる騒音が耳に入って来て、頭の中を占領しようとしていた。私はそれから逃げるように歩調を早め、次々と人を追い抜いて行った。そうして様々なものが私の視界を通り過ぎて行った。そしてふと何か青いものが視界を通り過ぎた時、私は何気なく視線を戻していた。それは咲き始めたばかりの紫陽花で、どんよりと暗い空の下、沢山の雨粒を受けながらそこに生えていた。今まであんなにうるさかった騒音が頭の中から遠のいて行った。紫陽花の花はまだ色着き始めたばかりだったが、灰色に染まった街の中で唯一そこだけ色付いて見える程深い青だった。
私はまた歩き出していた。あの紫陽花の可憐さが私の中で膨らみ、そこから遠く離れても、あの紫陽花がある世界なのだ、と思うと全ての景色が何故だか美しく見えた。晴れ間のない空しか目に入っていたかったさっきまでと違い、私はその上空で輝く太陽を想像する事が出来た。
—空が雲で暗くなったからと言って太陽が輝いているのを疑うまい? 雲の変化は見ずに、永遠の空のほうに眼を移してみることだ。刻々と移る現象を見ずに、それを容れる容器のほうに眼をやることだ(辻邦生『春の戴冠』)—