冬の終わった日2008/03/24
車窓から見える公園の桜並木が赤く色付いていて、そのうちの幾つかがもう咲いていたので、冬と春の季節の移り変わりがいつの間にか完了していたのだと、私は少し今更ながらではあるけれど考え、思わず降りる駅を乗り過ごしてしまいそうになっていた。私は何故か冬が去るのが少し寂しい気がしていて、それが何故なのかは上手く説明出来ないのだが、ただ桜の咲く春の始まりを、むしろ冬の終わりとして感じ取っているようだ、ということだけが今この文章を書きながら思い浮かんだ答えで、それ以上のことになるとどういう具合か、水にふやけたノートのインクのように心の中で滲んで読み取れないのである。
この冬何度もパンを撒きにいった近所の公園の水鳥たちも来月には帰り、桜が満開になったその公園の池にも静かなみなもが揺れているだけになるだろう。
冬の間向かいのビルの向こうに沈むために日が入りにくかったベランダにも、いつの間にか長くなった日が入り込むようになった。私はそのベランダで洗濯物から水が蒸発していくように、そこにずっと立っていて空に昇って行きたいようなそんな気持ちになっている。