斜陽館2011/07/23

朝は寝ぼけていて電車の中で本を読むような余裕はないし、帰ってくればすぐに寝てしまうので、毎日、仕事から帰る電車の中で少しずつ読むのがこのところ出来る唯一の読書なのだが、空席が目立つ帰宅ラッシュの混雑も落ち着いた時間帯の電車の中で、時にほろ酔い加減でうたた寝をするおじさんの頬を肩に乗せながら、私は十代の初めに読んだ本を懐かしみながら読み直していた。
カトリック学生寮で暮らす三人の不良学生達と、彼らがどんな事件を起こしても見守り続ける聖人に列せられても不思議はないような指導神父。「……となると、わたしがまたあなたがた三人を背負い込むことになるわけでっか。しんどいはなしやねえ」関西弁でそう言いながら結局は彼らの面倒を見てしまう神父はフランス人であり、その容貌は天狗鼻でジャングルのような髪の毛が生え茂り、神父服は手垢と摩擦によって鏡のように輝いている。「ドタマかちまくよ」と時に雷を落としながら、彼は不良学生達の尻拭いをし続ける。
『モッキンポット師の後始末』。昨年春、惜しくも肺癌の治療中に亡くなった井上ひさしのこの作品を以前に読んだのはもうはるか昔のことで、私はほとんど忘れていた内容が読んでいくうちに少しずつよみがえっていく中で、しかし以前に読んだ時とは全く違う手触りを感じるようになっていた。ちょっとした成功に調子づいて失敗を繰り返す三人の若者と、その後始末をし続けるモッキンポット師の物語には、喜劇や人情という言葉が想起されるけれど、それ以上に全体を貫き通しているのは詩的と言っても良いような、不思議な気配である。
この本を初めて読んだ当時、私は詩とは無情で儚いものをそこいにとどめようとする言葉で、私達の生活からは少し距離のある彼岸に存在するもの、そういうイメージを持っていた。しかしある時から、私は詩とはもっと人間的で感情のある言葉だと思うようになった。そしてそれは人が何かを、あるいは誰かを思う時に濃く現れ出るように思えた。
改めて本を読んだ時、モッキンポット師のこの「許し」はキリスト教徒のアガペーというよりも、むしろとても人間味あふれる人情であって、そしてそれがとても美しい詩的なものだと感じた。私たちはすべての物事をありのままに見ることは出来ないが、しかし、そのために自然を見るとき、誰かを思うとき、ありのままに見るときよりもいっそう美しく、大切に思えるのではないか、私は安らかな鼾をかきながら寄りかかるおじさんの重みを肩に感じながら、やや苛立ちを感じ始める自分を諫め、モッキンポット師に許しを乞うのだった。
夜、喉が渇いて自動販売機で飲み物を買おうと外に出たら雨が降っていて、とても久しぶりに湿気のある空気が辺りに充満していた。パラパラと雨粒の音が心地よく、夜の闇がとても親密に感じられた。寒ささえもそれまでの刺すようなものではなくて、春の花々が蕾の中で開花を準備するように、ぼくはどこか遠くの方で、自分の身体が春に向けて何か、スイッチのようなものを押した気がした。
平穏な毎日にあっても人の心は沢山のことに動揺し、不安定極まりない。ぼくはいままで自分が行ってきた選択の正しさを証明できず、自分自身が優しさや親切だと思ってきたものが、ただ、波風を立てぬために選んだ後ろめたいもののように思える。
激動の中にあって、しかもその中心に生きているのなら、なおのこと心は平静ではいられない。紀元前一世紀。ローマ人、マルクス・トゥッリウス・キケロはまさに激動の中心に生きた人だった。貴族階級の腐敗とそれによる共和制という政治体制の危機は国の存亡を左右する事態だった。その渦中でキケロは現在の政治体制を正しく機能させることで、その打開の道を探っていた。だが、天才ガイウス・ユリウス・カエサルはその鋭い分析力で国を救うには政治体制の維新しかないと考えていた。
ぼくたちの生きる現代、歴史を結果から見るのならば、キケロの考えは甘く、その後数世紀に渡って君主制というかたちで国が存続したことによってカエサルの正しさが証明されてしまった。しかしこの二人の同時代人を語るとき、最も重要なのは、二人ともが同じく無念な死を遂げているということだろう。
けれど、死後己の判断が間違っていなかったことが証明されたカエサルに比べて、キケロの場合、その死はまことに無念と言うべきものだった。それは敗北を意味したからである。では何故このような差が生まれてしまったのだろう。様々な本を読めばそこには彼の先見性のなさや優柔不断、自己陶酔、自己保身、日和見的な態度など、およそ人間的欠点の見本のような事柄が並んでいる。確かに彼はここぞ、という場面での決定力に欠け、ひとつの成功に執着し、権力を振るうことを好み、政治動向に流されやすかった。
凡そ人間的魅力の全てを備えたカエサルは現代では常に英雄として語られる。しかしキケロは教養人ではあるがその生き方については、やや道化じみて描かれ、彼の残した膨大な著作が後代獲得した名誉に比べて不遇という他ない。
それでは本当にキケロは単にそのような道化的人物だったのだろうか、そのものの見方に異を唱えるのが本書、『キケロ―もうひとつのローマ史』である。ぼくはこの本を読み進むうち、だんだんキケロの魅力に惹かれていった。それはカエサルのような超人的で完璧な魅力ではなく、不完全ではあるけれどとても人間臭い魅力だった。哲学を愛し、毎日のように友人に手紙を書く彼は、人間的すぎるほど人間的だった。キケロ、ラテン語で「ひよこ豆」を意味するこの名前も彼の魅力となっている。伝統的に古くからの貴族が支配する元老院に於いて、まったくの新人の彼はこの無名の名の改名を勧められたとき「いや、ぼくの名を有名にしてみせようじゃないか」と言っている。
何故、キケロは歴史的判断に於いてカエサルに負けてしまったのか、それはマルクス主義と資本主義の関係に似ている。マルクスは100人のうち10人が恵まれないのならば100人が一割ずつ我慢すれば良い、と考えた。しかしこの考え方は人間の欲望にあっさりと否と唱えられてしまう。キケロはまさに人間の欲望を甘く見たのではないだろうか。政治的状況に応じて妥協しながらも努力し続けた彼は、いずれ人間の美徳によって全てが正しい方向へゆくと信じていたのだろう。カエサルは人間を知っていた。欲望を放っておけばどうなるのか、人間の善性を最後まで信じたキケロは、そのために歴史上敗北者とならざるを得なかった。
人間ならば誰にでも、すべてが見えるわけではない。多くの人は、自分が見たいと欲する現実しか見ていない
キケロはカエサルのこの言葉に「理想に向かって生きるのが人間である」と答えたかったのかもしれない。
カエサルとキケロ、彼らはその才能の故に死を迎えることになったという点で共通している。カエサルは驚異の天運と分析力と行動力によって、そしてキケロはその見識と博学、そして理想によって。
理想と現実との葛藤の内に人は毎日を過ごしていく。しかし過ぎ去ったものごとに対しては、ぼくたちは過去の自分を信じるしかない。選択を拒否することは出来ない。「何も選ばない」ということもそれを選択してしまったことになるからだ。
自分の優しさや親切に不信感を抱くとき、ぼくは自分の深渕を覗き込んでいるような気持ちになる。そこには理想とは程遠い暗黒が立ち込めていて、とてもエゴイスティックな自分が己を正当化しようと企んでいる。己の理想像を信じ続けることはとても難しい。死を選んでまでそれを成し遂げたキケロは決して敗者ではない。
著者 ユベール・マンガレリ
久しぶりに図書館に行って借りた本。ずっとしていなかった読書だけれど、まるでリハビリのようにゆっくりと文字を追い続けている。普段から読むのは早くないけれど、一つ一つの単語の意味をゆっくりと理解しようとしながらから読み進めていくと、言葉がゆっくりと目の前に世界を作り上げていく様が見えるような気がする。
著者 鹿島茂
最近はあまり本を読まずに過ごしていてのだけれど、久しぶりに一冊読み終えた。いつの間にかナポレオンに感情移入してしまって、歴史上のことだからその結末は知ってしまっているのに、最後まで、この後どうなるのだろう、とページをめくる手が止まらなくて、分厚い本なのにあっという間に読み終えてしまった。
著者 保苅瑞穂
最近は出会いを感謝したくなるような本によく出会っているような気がして、そんな僥倖をとても嬉しく感じているのだが、先日見つけたこの本もとてもよい内容で、『モンテーニュ私記』というタイトルがさすように著者、保苅瑞穂さんのモンテーニュに対する私記なのだけれど、ある人物を語る場合その解釈は人それぞれで、けれど保苅瑞穂さんのモンテーニュに対する私記は読んでいてとてもしっくりと自分自身の中に収まっていく。
本との交わりがそこまで行けば、これは著者に対するわれわれの友情であって(…)
というこの言葉は、なんと読書が楽しくなるような肯定の言葉だろう。
堀江さんの文章を読むたびにこの不思議な浮遊感は一体何処から来るのだろう、と思っていた。この『正弦曲線』は堀江さん自らの種明かしのようだ。一定の振り幅の中で行ったり来たりする正弦曲線を乱さずに過ごしていくことは、そこに浮遊感を生む必然があったのである。
季節はまるで子どもの頃遊んでいたシーソーのように変化していく。一方が足で地面を蹴って重みの支点からずれると、すっと持ち上がり、また一方が足で地面を蹴ると、そちらがすっとが持ち上がる。そんな遊び方に飽きるとお互いに足を浮かせたまま平均を保ち、シーソーが傾いてしまわないよう静止させてみるのだが、これがなかなか難しく、細やかな体重移動を少しでも間違うと、シーソーはすぐに一方へ傾き始める。しかしほんの少しの傾きならばまだ修復の余地はある。けれどその危うい重みの支点からついにずれてしまうと、シーソーはいとも簡単に傾いてこの遊びは終了となってしまう。季節の変わり目はまるでこの遊びのようではないか。ほんの少し夏が秋へと傾いたかと思うと、今度は秋が夏へと傾いていく。その繰り返しが何度か行われた後、ついには秋が、どすん、と音を立てて着地する。そして再びシーソーを漕ぎだそうと、地面を蹴ってみてももう相手側は不在で、どうあがいても、自分が浮き上がることはないのである。
私は子どもの頃、サッカーや野球という運動よりも、地味な遊具に夢中になっていた。そして一瞬の無重力を感じさせてくれるシーソーは中でもとりわけ好きな遊具だったのだが、周囲の友人は初めは快く付き合ってくれるものの、校庭でサッカーが始まったりすると、途端に私を置いてけぼりにしてそちら行ってしまうのだった。相手のいなくなったシーソーの孤独感は切ないものである。いくら地面を蹴ってみてもそこに無重力の快感は生まれず、自分の重みのみが強調されて行くばかりだ。この頃は夏が去り、秋はこの孤独を噛み締めているのではないだろうか。
シーソーの動きは無重力も生むが、その動きは0を軸にしてプラス1とマイナス1の間を行ったり来たりする、サインウェーブ、正弦曲線のようでもある。婦人公論に約二年渡って連載された堀江敏幸さんの『正弦曲線』の中で堀江さんは「なにをやっても、一定の範囲で収まってしまうのをふがいなく思わず、むしろその窮屈さに可能性を見いだし、夢想をゆだねてみること。正弦曲線とは、つまり、優雅な袋小路なのだ」と述べている。絶えず変化のない状況ではあるけれど、しかし直線的に変化しないのではない、一定の降り幅を行ったり来たりする、思考の、生活の、人生のバイオリズム。その曲線に身を委ねて書かれたこの作品は、著者特有の浮遊感のある文章によって、とても心地よいテンポで進んでいく。絶えず同じ幅で揺れながら続いていく正弦曲線はシーソーのような無重力さえ生むのだ。
著者 中村真一郎
言葉とそれを記す文章はまるで生き物のように時代ごとに変化していくのだけれど、その変化は決して双方が足並みを揃えて変化していくわけではなくて、常にお互いを意識しながらもどこか、それぞれがそれぞれに変化していく。だから明治の言文一致運動は現在でもまだ持続していて、言葉と文章の間に広がる溝を見張っている。
著者 渡辺一夫
私はむしろ自分の欲望とは全く反対な逆の極端に走って間違いを犯すかもしれない。それほど私は、自分の欲望に駆使されるのが恐ろしい。そして私は自分が願い求めることを、やや敏感に警戒するのだ
自分が欲しているもの幸福なのか、それともただの快楽なのか、それを客観的に判断することは難しいけれど、モンテーニュのこの言葉の通り、自分の欲望に対する警戒心を持つことで人はある程度それを判断できるのかもしれない。渡辺一夫さんは誰より人間の欲望を警戒し、幸福を見極めている人であるように思う。
口から出て来る音がどのようにして意味を持ち始めて言葉として機能しだしたのか、きっと初めは幾通りかの抑揚があっただけに違いない。しかしそれは言葉というよりは他の動物たちも使っている鳴き声とさほど変わらぬものだったろう。しかし我々人間の祖先は、そのいく通りかの抑揚で仲間に対して迫り来る危険を伝え、己の喜怒哀楽を伝え、そして時に愛を伝えたことだろう。文章というものは言葉の成立と密接に関係している。なぜなら言葉が記号化されたものが文字であり、それを連ねたものが文章だからだ。しかし言葉と文章はそれほど単純に寄り添ってはいない。時に我々の表現が一人歩きし始めると、それを記すためであるはずの文章は、その役割を担えなくなってしまう時がある。日本語の貧しい語彙を補うため漢語を多用した文語体という難解な文章と、直接的な気持ちを表現する言葉との間に広がっていた溝はその良い例ではないだろうか。二葉亭四迷が口語体で文章を書くという行動に踏み切らなければ、明治の言文一致運動は起こらなかっただろうか。しかし文章が言葉を記すものである以上、双方間の溝は埋められなければならず、やはり何か同様の結果をもたらすきっかけは現れたのかもしれない。
中村真一郎の『文章読本』は口語文が形作られて行く過程が、明治から現代にいたる作家の文章を例に解りやすく解説されていて、二葉亭四迷を始め夏目漱石や森鴎外がその基礎を築き、田山花袋や島崎藤村といった自然主義の人々がそこに客観性を与え、白樺派によって主観性を獲得していく、そんな過程が紹介されている。そして現在でも文章は変化し続けているのだということを教えてくれる。
現在我々は日常的にメールのやり取りなどをするけれど、そこに記される言葉はどの程度自分の感情を相手に伝えられているのだろう。今程文章が気軽に相手に送れるようになると、思ったことを書いて送る、ということになりがちで、考えたことを書く、という風にはなりにくいかもしれない。例えば「テレビが面白かった」という言葉は自分が感じたことを率直に伝えただけで、そこに自分なりの考えがあるわけではない。メールのように気軽に相手に文章が送れると、どうしてもその言葉自身が軽くなってしまい、意味が希薄になっていくのかもしれない。それは言葉を文字にしただけで文章とは異質のものだ。文章は単純に言葉の記述をするだけのものではなくて、考えを示すものでもある。言葉は本来「感じる、考える、話す」という順番で口から出るもので、しかし現在では「感じる、話す」というものになってしまいがちだ。そしてメールのようなものの発達で文章もそれと同じになってきているのではないだろうか。もちろんコミュニケーションのためにわざわざ「感じる、考える、話す」という順序を踏む必要は必ずしもないかもしれないけれど、幾通りかしかなかった少ない抑揚で愛を伝えていた時代と、愛を伝える言葉がきちんとある現代とでは、どちらがより相手にそれを伝え得るのか、言葉を獲得した人間としてはやはりその「いく通りかの抑揚」には負けられないと思う。