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    境界線上にいる〜人間模索〜

     涼しげな日が続いたかと思うと急に蒸し暑い日がぶり返して来て、涼しさに慣れていた身体にはほんの少しの気温の上昇も厳しく感じられるのだが、しかしそんな暑い日に空を見ると夏の間見られた積乱雲は散り始めていて、薄く棚引いた雲や、羊の群れや、魚の鱗に似た雲が秋の到来を告げていて、一年の内でもっとも風の筆さばきが冴え渡る秋の美しい空が頭上に広がっている。そんな空を見上げて私はまだ身体で実感するのはしばらく先になりそうな秋を、一先ず過去の記憶からよみがえらせて、早々に秋を感じ取ってみようとする。今のところ街路樹は緑の葉をそよそよと鳴らせているが、私の記憶はそれを早くもからからと鳴らし、美しく紅葉させている。歩道に散った葉を踏んで歩くとそれが足の下で、からっ、と音を立てる。鈴虫やコオロギの声も秋の音だけれど、その葉の音こそが田舎で野山に分け入って遊んでいたずっと昔より、私には秋の音と定義し得る懐かしい音である。
     夏は間もなく終わる気配を見せている。しかし今年は夏らしいことは何もしていない。ただ誰かが、花火を見て来た、海へ行って来た、と話すのや、その肌が黒く日焼けしているのを見て夏を感じただけで、私自身夏を謳歌したかといえば特にそんなことはなく、ただ毎日、季節に関わらずにやらなければいけないことをしていただけである。だが私にとって夏の風物詩は必ずしも花火や海といったものではなくて、天気の良かった空がいきなり暗くなり、雷と共に雨が降り出す日などが何よりも夏の一日という感じがする。そんな日は窓を開けて外を眺めたり、傘をさして歩きながらその雨の音や、冷えていく街の熱気を感じるのが好きで、そのうちに晴れ間が出て来たりすると雲が散って行く様子をじっと観察して、その忙しい空こそが夏だ、と思ったりする。
     今年の夏は図書館に行き始めたこともあって、いつもよりも本を読んで過ごしていた。書籍収集癖のある私にとって図書館は、自分の持っていない本が沢山ある場所という認識で、だから、時に内容を読むことよりもそれ自体を所有する喜びを本に見いだしている私には、それが公的のものであれ他人が所有している、というのは羨みの対象でしかなく、どうしても出向く気になれない場所だった。しかし意外にも行き始めると二週間ごとに返却するという期限が上手く作用して、所有している本ならいつでも読めると置きっぱなしにしてしまうのに、必ず期間内に最低でも一冊は読み終えることが出来るので、自分で買い散らかしているよりも効率的であることを知って、それからは隔週で通うことになった。それでもやはり羨む気持ちはあるので、今では図書館を自分の本棚だと思うようにしているのだけれど。
     隔週で通っている場所といえば最近は神保町に行くのが習慣で、その度に古書店を覗いて何冊かの本を買い求めているのだが、この夏に手に入れて一番嬉しかったのは、フランスのルネサンス文化、特にユマニスト、フランソワ・ラブレーの研究で知られ自身もユマニストとして生きた渡辺一夫の『人間模索』という本である。三省堂で行われていた希少本フェアで文庫本であるにもかかわらず、なかなかの高値で売られていて自分の淋しい懐具合と相談すれば当然元の棚にそっと戻すのが賢明であったのに、買い求めてしまったのはなぜだろう。古書店巡りをしているとどこかたがが外れてしまい、なんでもかんでも買ってしまえ、という気になってしまうことはあるけれど、この本はそういう投げ遣りな気持ちではなくて、どこかに出会いの必然性のようなものを感じたのかもしれない。
     自分自身に思想というような高尚なものはないが、何か一定の考え方に強い感銘を受けてしまうのは、砂鉄のような自分がその大きな磁力によって引き付けられてしまう、いわば鉄と磁石の関係に類似した性質が、私とその思想の持ち主との間にあるからだろう。だからこの『人間模索』に私は夢中になった。

    おそらく、人間の生活は、幸福への渇望のために動いているのでしょう。そして、必ずしも幸福即快楽ではないにもかかわらず、自己批判自己反省の希薄な結果、程度の低いエゴイストな快楽に耽る自分の姿を省みることが困難となるために、幸福への渇望はしばしば快楽の追求と混同されてしまいます。低俗な快楽を放棄することによって、一段と高い幸福感に達することを、「品位」の獲得という言葉を用いてジャン・ゲェーノは、次のように記しています。

    「永劫の誤解である! 我々は、今までよりも幸福になることをしか考えないものだ。しかし、幸福を求める本能は、我々を追い立てながら、絶えず我々の勇気を新たにしつつ、我々を導いては行くのではあるが、我々は、こういうぺてんにかかったことを悟ってしまう。すると、我々が勝手に入手できぬ幸福に絶望しながら、我々だけが獲得し得る品位に対しても絶望してしまう。この時、我々は最も失墜しているのだ」と。

    (中略)ゲェーノの指示するぺてんには潔くかからねばならず。このぺてんに進んでかかることによって、人間は「品位」を獲得せねばならないのです。「品位」を獲得した人間は、快楽や幸福を求めないかもしれません。それ自体が快楽であり幸福であるからです。

     快楽と幸福の境目、それは極めて曖昧な境界線かもしれないが、「品位」という言葉が気高さや、おごそかさを定義として持つ以上、それは人間にだけ存在する境界線ではないだろうか。我々がけだものに失墜するか、人間としての幸福を謳歌するかは、この「品位」獲得にかかっている。そしてヒトの社会は我々一人一人の「品位」の獲得を助力してこそ文明といえるのではないだろうか。この極めて曖昧な境界線上で自分がどちら側に属しているのか、その答えは難しいが、いつも我々は此岸と彼岸との境目にいる、それだけは忘れずにいたい。夏と秋の境目で私はそんなことを考えていた。

    ▲TOP | 2009/09/07 | 散文 | No Comments »

    狂信と寛容〜ガリヴァー旅行記〜

    『ガリヴァー旅行記』を読みました。何を今更と思われる方もおられるでしょうが、何故か今まで縁がなく読む機会に恵まれなかったのです。けれど『ガリヴァー旅行記』は原作をまるまる読んだことはなくても、子どものころに絵本などで知っていて、小人や巨人が住んでいる国、空飛ぶ島、馬が治めている国などが出てくるのは分かっていました。しかし改めて今、大人になり(私が一般の常識と照らし合わせて大人と言えればですが)読んでみますと、そのようなファンタジー的要素はただの手段に過ぎず、そこに込められた作者スウィフトの意思がこの物語をただの冒険物語ではない、物語として一段深いものにしていることに気付きます。それは当時(初版が出たのが1726年)と現在の状況を鑑みましても、人間の深い部分に潜んでいる危険な動物としての性質には変化がなく、従って現代におきましてもスウィフトの言葉は十分に我々の胸を打つに足る文章と言えましょう。

    それはつまり「狂信と寛容」と言うことが出来るでしょう。この言葉は仏文学者、渡辺一夫氏がその著書『曲説フランス文学』で仰っていたことですが、自分の信じているもの、あるいは自分自身を正しいと信じて行動をすることは人間誰しもあることです。しかし人間は自分(または信仰しているもの)が正しいと信じるあまり狂信に陥りやすいということです。狂信に陥れば最後、他のものは一切が糾弾すべき対象になり、そのせいで人間同士が殺し合うに至ったということも過去の歴史を見ると珍しいことではありません。

    しかし人間にとって一番必要なのは何が一番正しいのか、その唯一のものを決めることではありません。全ての人が寛容になり、自分以外の意見や主張を認め合い、場合によってはそれを止揚し、より正しいものにしていく。こういったことが人間にとって大切なことではないでしょうか。スウィフトは理性のある馬、フウイヌムの国で過ごしたガリヴァーを最後、人間の醜さに絶望させます。フウイヌムは個体ごとに特別な愛がなく、その死も悲しんだりしません。子どもは特に自分の子でなくても、足りなければ(この国では雄雌一頭ずつ子を育てる)よそから貰い受けたり、雄二頭が生まれてしまったら、雌二頭のいる家と交換したりします。いくら理性があり、その行動が正義に貫かれていても、他者に対する愛がなければそれは欠陥なのではないかと私は思います。

    スウィフト自身は一体どうだったのでしょう? 人間が人間に絶望してしまえばそれで全てが終わってしまいます。人間は理性(愛と言い換えてもよいでしょう)に基づきこのような絶望から抜け出せるのではないか? それだけが人間を完成へと導いていく唯一の考えだと私は思います。

    ▲TOP | 2009/08/13 | 散文,読書 | 2 Comments »

    曲説フランス文学

    曲説フランス文学

    『曲説フランス文学』渡辺一夫。
    昨日図書館で借りて来た本。とても面白いです。
    明日は誕生日、二十四歳になります。

    ▲TOP | 2009/07/19 | 日記,読書 | No Comments »
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