著者 中村真一郎
言葉とそれを記す文章はまるで生き物のように時代ごとに変化していくのだけれど、その変化は決して双方が足並みを揃えて変化していくわけではなくて、常にお互いを意識しながらもどこか、それぞれがそれぞれに変化していく。だから明治の言文一致運動は現在でもまだ持続していて、言葉と文章の間に広がる溝を見張っている。
著者 中村真一郎
言葉とそれを記す文章はまるで生き物のように時代ごとに変化していくのだけれど、その変化は決して双方が足並みを揃えて変化していくわけではなくて、常にお互いを意識しながらもどこか、それぞれがそれぞれに変化していく。だから明治の言文一致運動は現在でもまだ持続していて、言葉と文章の間に広がる溝を見張っている。
「私はむしろ自分の欲望とは全く反対な逆の極端に走って間違いを犯すかもしれない。それほど私は、自分の欲望に駆使されるのが恐ろしい。そして私は自分が願い求めることを、やや敏感に警戒するのだ」
自分が欲しているもの幸福なのか、それともただの快楽なのか、それを客観的に判断することは難しいけれど、モンテーニュのこの言葉の通り、自分の欲望に対する警戒心を持つことで人はある程度それを判断できるのかもしれない。渡辺一夫さんは誰より人間の欲望を警戒し、幸福を見極めている人であるように思う。
著者 堀江敏幸
自分は、何かを集める、ということをしない人間だけれど、それは言い換えれば、出会いが少ない、という風にも言えるのかもしれない。だからフランスの街角で堀江敏幸さんを呼び止めた品々は、きっと出会うべくして出会ったのだろう。そんな風に思う。
著者 井上 浩一
隣町の書店で見つけて購入を躊躇ったけれど、図書館で見つけて読んだ本。ローマ帝国からビザンティン帝国に至るまで、そしてビザンティン帝国が滅びるまで、分かりやすく読みやすい文章でとても面白かった。