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	<title>funny sunday &#187; Essay</title>
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		<title>六義園</title>
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		<pubDate>Sat, 02 Jul 2011 17:57:24 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kiyo</dc:creator>
				<category><![CDATA[Essay]]></category>
		<category><![CDATA[Travel]]></category>

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		<description><![CDATA[傘を差そうかどうか迷いながら霧雨の降る駒込を歩いていた私は、駅前の中華料理店で膨らませた腹をやや持て余し気味で、よい腹ごなしは無いかと考えながら、ふとそこにあった周辺案内図に目をやった。すると六義園という文字が目に止まっ &#8230; ]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>傘を差そうかどうか迷いながら霧雨の降る駒込を歩いていた私は、駅前の中華料理店で膨らませた腹をやや持て余し気味で、よい腹ごなしは無いかと考えながら、ふとそこにあった周辺案内図に目をやった。すると六義園という文字が目に止まって、ああ、雨に濡れた日本庭園というものも風情があって良いかもしれないと思い、さっそく私は六義園に向かって歩き出していたのだった。</p>
<p>元禄8年（1695年）、五代将軍、綱吉から加賀藩の旧下屋敷の跡地を拝領した側用人、柳沢吉保はこの広大な土地に自らの下屋敷を造営した。平坦だった土地に土を盛って丘を築き、当時、境橋から江戸城の北へと流れていた千川上水から水を引いて池を造った。その完成には7年の歳月が掛かったという。</p>
<p><img src="http://www.funnysunday.com/wordpress/photo/2011/07/P1110799_mini.jpg" alt="六義園" title="六義園" width="500" height="375" class="alignleft size-full wp-image-1704" /></p>
<p>6月末のその日は空梅雨には珍しく雨が降っていて、濡れた樹木の葉は濃い緑色をしていた。広い池はどんよりした空を映して鈍く反射していて、その中を鯉が大きな波を立てて泳いでいった。ちょうど見頃を迎えた紫陽花が庭園内のあちこちに咲き、雨に濡れたその姿は梅雨時期のじっとりした暑さの中でも涼しげで、どこか気品を漂せていた。</p>
<p><img src="http://www.funnysunday.com/wordpress/photo/2011/07/IMGP1356_mini.jpg" alt="紫陽花" title="紫陽花" width="500" height="375" class="alignnone size-full wp-image-1700" /></p>
<p>雨の降る平日の午後、庭園内は空いていて聴こえてくるのは鳥の鳴き声と、とても小さな雨粒が樹木の葉に当たって微かに響く、ぱらぱらという音だけだった。時々そこに気の早い蝉の声が加わることがあったけれど、それはまだ周りの音を全て消し去ってしまうほどには大きくなくて、広い庭園の片隅で遠慮がちに響いていた。</p>
<p></p>
<p>人気のない庭園を歩いていると次第に雨が強まって来て、最初のうちは木の葉の影で雨宿りをしていたのだが、それでは雨が避けきれなくなった私はすぐ近くに見えていた茶屋へと雨宿りの場所を移すことにした。昼食がまだこなれていなかった私にはお茶に付いて来た和菓子は少し甘過ぎたけれど、たまにしか味わうことのない抹茶の渋みは雨の降る日本庭園にとてもよく合っていた。池の水面に雨が落ち、置物のようにじっとしていた青鷺がわずかに身体を動かした。</p>
<p><img src="http://www.funnysunday.com/wordpress/photo/2011/07/IMGP1381_mini.jpg" alt="お茶" title="お茶" width="500" height="375" class="alignnone size-full wp-image-1701" /></p>
<p></p>
<p>にわか雨だったのだろう、お茶を飲み終える頃には雨は上がっていた。池沿いを歩くと大きな鯉が何匹も岸の方へ近づいて来た。餌をくれると思っているのだろうか、口をパクパクさせている。池をよく覗き込むと鯉だけではなく亀もいて、彼らもやはり人間に対する何らかの期待を持って近づいて来ているようだった。残念ながら彼らの期待に応えるものを持っていない私は、申し訳ない気持ちになりながらその場を離れたのだが、しばらく行った先の売店で鯉用のお麩と、かめ君の餌と名付けられた金魚の餌を大きくしたようなものを売っているのを見つけ、彼らの期待に応えるべくその二つを購入し、元の場所へと引き返したのだった。</p>
<p><img src="http://www.funnysunday.com/wordpress/photo/2011/07/P1110786_mini-225x300.jpg" alt="巨樹" title="巨樹" width="225" height="300" class="alignleft size-medium wp-image-1702" /></p>
<p>お麩だろうが、亀の餌だろうが関係なく彼らはよく食べた。大きな鯉に翻弄されながら、それでも尚食べ物を得ようとする本当に小さな子亀がいて、私は何度も彼に向かって餌を投げたけれど、それは鯉に横取りされてしまうばかりだった。何度も何度も私は彼に向かって餌を投げた。時には鯉を惹きつけるためにこちらに餌をまいてからあちらに、といった具合に。彼がようやくのことで一粒の餌を口にした時、餌は全て無くなってくなっていた。水面はさっきまでが嘘のように静かになり名残のような波も収まると、雨の音も消えた日本庭園は静かで、随分昔からここにいるのだろう大きな樹木がとても高いところで微かにたてる木々の葉音は何百年も昔からのひそひそ話をしているようだった。</p>
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		<title>後始末の顛末</title>
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		<pubDate>Sat, 16 Apr 2011 10:58:35 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kiyo</dc:creator>
				<category><![CDATA[Books]]></category>
		<category><![CDATA[Essay]]></category>

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		<description><![CDATA[朝は寝ぼけていて電車の中で本を読むような余裕はないし、帰ってくればすぐに寝てしまうので、毎日、仕事から帰る電車の中で少しずつ読むのがこのところ出来る唯一の読書なのだが、空席が目立つ帰宅ラッシュの混雑も落ち着いた時間帯の電 &#8230; ]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>朝は寝ぼけていて電車の中で本を読むような余裕はないし、帰ってくればすぐに寝てしまうので、毎日、仕事から帰る電車の中で少しずつ読むのがこのところ出来る唯一の読書なのだが、空席が目立つ帰宅ラッシュの混雑も落ち着いた時間帯の電車の中で、時にほろ酔い加減でうたた寝をするおじさんの頬を肩に乗せながら、私は十代の初めに読んだ本を懐かしみながら読み直していた。</p>
<p>カトリック学生寮で暮らす三人の不良学生達と、彼らがどんな事件を起こしても見守り続ける聖人に列せられても不思議はないような指導神父。「……となると、わたしがまたあなたがた三人を背負い込むことになるわけでっか。しんどいはなしやねえ」関西弁でそう言いながら結局は彼らの面倒を見てしまう神父はフランス人であり、その容貌は天狗鼻でジャングルのような髪の毛が生え茂り、神父服は手垢と摩擦によって鏡のように輝いている。「ドタマかちまくよ」と時に雷を落としながら、彼は不良学生達の尻拭いをし続ける。</p>
<p></p>
<p>『モッキンポット師の後始末』。昨年春、惜しくも肺癌の治療中に亡くなった井上ひさしのこの作品を以前に読んだのはもうはるか昔のことで、私はほとんど忘れていた内容が読んでいくうちに少しずつよみがえっていく中で、しかし以前に読んだ時とは全く違う手触りを感じるようになっていた。ちょっとした成功に調子づいて失敗を繰り返す三人の若者と、その後始末をし続けるモッキンポット師の物語には、喜劇や人情という言葉が想起されるけれど、それ以上に全体を貫き通しているのは詩的と言っても良いような、不思議な気配である。</p>
<p>この本を初めて読んだ当時、私は詩とは無情で儚いものをそこいにとどめようとする言葉で、私達の生活からは少し距離のある彼岸に存在するもの、そういうイメージを持っていた。しかしある時から、私は詩とはもっと人間的で感情のある言葉だと思うようになった。そしてそれは人が何かを、あるいは誰かを思う時に濃く現れ出るように思えた。</p>
<p>改めて本を読んだ時、モッキンポット師のこの「許し」はキリスト教徒のアガペーというよりも、むしろとても人間味あふれる人情であって、そしてそれがとても美しい詩的なものだと感じた。私たちはすべての物事をありのままに見ることは出来ないが、しかし、そのために自然を見るとき、誰かを思うとき、ありのままに見るときよりもいっそう美しく、大切に思えるのではないか、私は安らかな鼾をかきながら寄りかかるおじさんの重みを肩に感じながら、やや苛立ちを感じ始める自分を諫め、モッキンポット師に許しを乞うのだった。</p>
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		<title>キケロ―もうひとつのローマ史</title>
		<link>http://www.funnysunday.com/essay/1586/</link>
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		<pubDate>Tue, 08 Feb 2011 17:02:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kiyo</dc:creator>
				<category><![CDATA[Books]]></category>
		<category><![CDATA[Essay]]></category>

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		<description><![CDATA[夜、喉が渇いて自動販売機で飲み物を買おうと外に出たら雨が降っていて、とても久しぶりに湿気のある空気が辺りに充満していた。パラパラと雨粒の音が心地よく、夜の闇がとても親密に感じられた。寒ささえもそれまでの刺すようなものでは &#8230; ]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>夜、喉が渇いて自動販売機で飲み物を買おうと外に出たら雨が降っていて、とても久しぶりに湿気のある空気が辺りに充満していた。パラパラと雨粒の音が心地よく、夜の闇がとても親密に感じられた。寒ささえもそれまでの刺すようなものではなくて、春の花々が蕾の中で開花を準備するように、ぼくはどこか遠くの方で、自分の身体が春に向けて何か、スイッチのようなものを押した気がした。</p>
<p>平穏な毎日にあっても人の心は沢山のことに動揺し、不安定極まりない。ぼくはいままで自分が行ってきた選択の正しさを証明できず、自分自身が優しさや親切だと思ってきたものが、ただ、波風を立てぬために選んだ後ろめたいもののように思える。</p>
<p>激動の中にあって、しかもその中心に生きているのなら、なおのこと心は平静ではいられない。紀元前一世紀。ローマ人、マルクス・トゥッリウス・キケロはまさに激動の中心に生きた人だった。貴族階級の腐敗とそれによる共和制という政治体制の危機は国の存亡を左右する事態だった。その渦中でキケロは現在の政治体制を正しく機能させることで、その打開の道を探っていた。だが、天才ガイウス・ユリウス・カエサルはその鋭い分析力で国を救うには政治体制の維新しかないと考えていた。</p>
<p>ぼくたちの生きる現代、歴史を結果から見るのならば、キケロの考えは甘く、その後数世紀に渡って君主制というかたちで国が存続したことによってカエサルの正しさが証明されてしまった。しかしこの二人の同時代人を語るとき、最も重要なのは、二人ともが同じく無念な死を遂げているということだろう。</p>
<p>けれど、死後己の判断が間違っていなかったことが証明されたカエサルに比べて、キケロの場合、その死はまことに無念と言うべきものだった。それは敗北を意味したからである。では何故このような差が生まれてしまったのだろう。様々な本を読めばそこには彼の先見性のなさや優柔不断、自己陶酔、自己保身、日和見的な態度など、およそ人間的欠点の見本のような事柄が並んでいる。確かに彼はここぞ、という場面での決定力に欠け、ひとつの成功に執着し、権力を振るうことを好み、政治動向に流されやすかった。</p>
<p>凡そ人間的魅力の全てを備えたカエサルは現代では常に英雄として語られる。しかしキケロは教養人ではあるがその生き方については、やや道化じみて描かれ、彼の残した膨大な著作が後代獲得した名誉に比べて不遇という他ない。</p>
<p></p>
<p>それでは本当にキケロは単にそのような道化的人物だったのだろうか、そのものの見方に異を唱えるのが本書、『キケロ―もうひとつのローマ史』である。ぼくはこの本を読み進むうち、だんだんキケロの魅力に惹かれていった。それはカエサルのような超人的で完璧な魅力ではなく、不完全ではあるけれどとても人間臭い魅力だった。哲学を愛し、毎日のように友人に手紙を書く彼は、人間的すぎるほど人間的だった。キケロ、ラテン語で「ひよこ豆」を意味するこの名前も彼の魅力となっている。伝統的に古くからの貴族が支配する元老院に於いて、まったくの新人の彼はこの無名の名の改名を勧められたとき「いや、ぼくの名を有名にしてみせようじゃないか」と言っている。</p>
<p>何故、キケロは歴史的判断に於いてカエサルに負けてしまったのか、それはマルクス主義と資本主義の関係に似ている。マルクスは100人のうち10人が恵まれないのならば100人が一割ずつ我慢すれば良い、と考えた。しかしこの考え方は人間の欲望にあっさりと否と唱えられてしまう。キケロはまさに人間の欲望を甘く見たのではないだろうか。政治的状況に応じて妥協しながらも努力し続けた彼は、いずれ人間の美徳によって全てが正しい方向へゆくと信じていたのだろう。カエサルは人間を知っていた。欲望を放っておけばどうなるのか、人間の善性を最後まで信じたキケロは、そのために歴史上敗北者とならざるを得なかった。</p>
<blockquote><p>人間ならば誰にでも、すべてが見えるわけではない。多くの人は、自分が見たいと欲する現実しか見ていない</p></blockquote>
<p>キケロはカエサルのこの言葉に「理想に向かって生きるのが人間である」と答えたかったのかもしれない。</p>
<p>カエサルとキケロ、彼らはその才能の故に死を迎えることになったという点で共通している。カエサルは驚異の天運と分析力と行動力によって、そしてキケロはその見識と博学、そして理想によって。</p>
<p>理想と現実との葛藤の内に人は毎日を過ごしていく。しかし過ぎ去ったものごとに対しては、ぼくたちは過去の自分を信じるしかない。選択を拒否することは出来ない。「何も選ばない」ということもそれを選択してしまったことになるからだ。</p>
<p>自分の優しさや親切に不信感を抱くとき、ぼくは自分の深渕を覗き込んでいるような気持ちになる。そこには理想とは程遠い暗黒が立ち込めていて、とてもエゴイスティックな自分が己を正当化しようと企んでいる。己の理想像を信じ続けることはとても難しい。死を選んでまでそれを成し遂げたキケロは決して敗者ではない。</p>
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		<title>モデル・デューク</title>
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		<pubDate>Fri, 21 Jan 2011 14:26:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kiyo</dc:creator>
				<category><![CDATA[Dog]]></category>
		<category><![CDATA[Essay]]></category>

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		<description><![CDATA[今年の夏には10歳になるデューク。毛皮に覆われている犬でも年をとると寒がりになるというので服を着せてみました。首周りが大き過ぎたようでブカブカしていたので余ってる部分を縫って縮めてみた（因みに写真は縫う前です。とても久し &#8230; ]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://www.funnysunday.com/wordpress/photo/2011/01/IMGP1268.jpg" alt="モデル・デューク" title="モデル・デューク" class="alignnone size-full wp-image-1550" height="375" width="500"></p>
<p>今年の夏には10歳になるデューク。毛皮に覆われている犬でも年をとると寒がりになるというので服を着せてみました。首周りが大き過ぎたようでブカブカしていたので余ってる部分を縫って縮めてみた（因みに写真は縫う前です。とても久しぶりに裁縫した）</p>
<p>本日車に乗り込み、おもむろに私エンジンをかけました。ところで我が家のカーナビは毎日エンジン始動させると「本日は〇〇の日です」と教えてくれます。彼（喋ってるのは女の人だから彼女と呼ぶべきか？）は365日の記念日及び祝日をもう全て網羅していて、毎日とりあえず何らかの日です。</p>
<p>さて、ここで問題です。本日は何の日でしょう。シンキングタ〜イム！！　チッチッチッチ…チーン。</p>
<p>正解は「1月21日、本日は<strong>ライバルが手を取り合う日</strong>です」</p>
<p><strong>なんじゃそりゃー！！ <img src='http://www.funnysunday.com/wordpress/wp-includes/images/smilies/icon_eek.gif' alt=':shock:' class='wp-smiley' />  </strong></p>
<p>車庫出しの為にバックをしていて思わず事故りそうになってしまった。</p>
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		<title>檸檬</title>
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		<pubDate>Mon, 10 Jan 2011 08:18:58 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kiyo</dc:creator>
				<category><![CDATA[Essay]]></category>

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		<description><![CDATA[正月に帰れなかったので週末に里帰りをしたのだが、寒の入りを迎えた故郷は東北では最も南にあるとはいえ最高気温が氷点下を下回り、路面からは凍った空気が吹き上がっていた。その日、遠くの雲から雪がちらついてくることはあったけれど &#8230; ]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>正月に帰れなかったので週末に里帰りをしたのだが、寒の入りを迎えた故郷は東北では最も南にあるとはいえ最高気温が氷点下を下回り、路面からは凍った空気が吹き上がっていた。その日、遠くの雲から雪がちらついてくることはあったけれど我が家の上空では青空が見えていて、そのとても高くまで見渡せる空から寒さが地上に向かって降りて来ていた。</p>
<p>私は寒さに身悶えしながら、20年以上も前から使ってきて、どうやらこの冬でお役御免になりそうな薪ストーブの前に陣取って手をかざし、数日前に昨年になってしまった日々のことを思い出していた。そして改めて思い出す必要もないくらいに確かなことを深く考え、時間が経つほど鮮明になっていく記憶があることに驚いていた。</p>
<p>彼女が息を引き取る瞬間、彼女の家族と共に病室にいた私は酸素マスクを口元からずらして彼女の声にならない言葉を、その口の動きに合わせて、まるで自分が彼女の声帯になったようなつもりで声に出した。すでに彼女は何度か呼吸を止めていたけれど、呼びかけるたびに戻ってきては何かを伝えようとしていた。</p>
<p>「ありがとう」<br />
「ごめんね」<br />
「あいしてる」</p>
<p>読唇術など知らないのに一言ずつ彼女の口は確かにそう動いた。私は彼女の口元に酸素マスクを戻したがその瞬間、頭からすっと力が抜けていくのが分かった。もう一度呼びかければ、またそれまでのように戻ってくるかもしれないと思った。だが自分の意思を伝えきった彼女に、私たちはもう一度呼びかけることはしなかった。彼女が死に抗い続けた時間が、もうそうしてはいけないことをそこにいる全員に告げていた。</p>
<p>私はベッドの脇に置かれた棚の上のレモン果汁を見た。それは二日前、秋の初めに入院してからずっと何も食べることも飲むことも出来なくなっていた彼女が、レモン水で口をゆすぎたい、と言ったために買ってきたものだった。病院の一階のコンビニには売っていなくて、私はスーパーを探しながら隣駅まで行ってしまったのだが、いつもならそんなことはぜずに、また来るときに買ってくる、とでも言っただろう。何故その日、自分がそうしてしまったのかは分からないけれど、一日置きに彼女を見舞っていた私が次にあった時、彼女は殆ど意識を失っていた。だからレモン果汁を買って病室に戻った時、遅い私を心配していた彼女がとても喜んでくれたのを私は思い出していた。</p>
<p>彼女と出会って僅か三年程にすぎなかったけれど、時間の長さなどとは無関係に、私は彼女の不在によって自分の人生から多くのものが喪失してしまったように思えた。そして彼女との思い出を考えるとき、一人の人が人生で与えてくれるものの豊かさに改めて驚くのだった。</p>
<p>大切な人を失うという経験は残されたものにそれまでとは決定的に違う何かを植えつけていく。今私はこれから芽生えるであろうそれを予感しているに過ぎないけれど、どこかにそれがあることによって、自分はこれからを生かされていくのだろうと思う。</p>
<p>ストーブの中で炭になった薪が音を立てた。気が付くと外はすっかり日が暮れていて、濃紺の空に浮かぶ黒い雲の隙間には星が輝いていた。とても細い新月が青白く光り、太陽の熱が失われた地面にうっすら雪が積もり始めていた。</p>
<p><small>恋人の母親であり、僕自身にも大切な友達であった人に捧げます。</small></p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>空に響く</title>
		<link>http://www.funnysunday.com/essay/1475/</link>
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		<pubDate>Fri, 24 Dec 2010 12:27:26 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kiyo</dc:creator>
				<category><![CDATA[Essay]]></category>

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		<description><![CDATA[今日は月命日。初めて知っている人の眠る墓前で手を合わせ、しみじみと「いない」というのはなんなのだろう、と思う。空は雲ひとつなく晴れていて、手を合わせながら語りかけた言葉が、空中で反響しながらきっと故人まで伝わるような気が &#8230; ]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>今日は月命日。初めて知っている人の眠る墓前で手を合わせ、しみじみと「いない」というのはなんなのだろう、と思う。空は雲ひとつなく晴れていて、手を合わせながら語りかけた言葉が、空中で反響しながらきっと故人まで伝わるような気がした。</p>
<p><img src="http://www.funnysunday.com/wordpress/photo/2010/12/yabu.jpg" alt="上野藪" title="上野藪" class="alignnone size-full wp-image-1476" height="375" width="500"></p>
<p>上野まで出たついでに上野藪そばで食事する。美味しかった。けれど、せいろ一枚でもなかなか良いお値段。また、ぶらぶらと歩きながら色々なことを思い出す。風はなく空気も柔らかで、身体は何の抵抗もなく進んで行く。街はクリスマス一色。自分からは線香の香りが漂っていた。</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>駒込散歩</title>
		<link>http://www.funnysunday.com/essay/1321/</link>
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		<pubDate>Sat, 27 Nov 2010 17:02:32 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kiyo</dc:creator>
				<category><![CDATA[Essay]]></category>
		<category><![CDATA[Travel]]></category>

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		<description><![CDATA[所用があったため駒込に行き、来たついでだからと散歩をした。時刻は昼過ぎで何かを食べるにはちょうど良い具合に空腹にもなっていたので、地元で有名らしいラーメン店に入る。壁にかかったメニューにはいくつか不可解な名の付いたものが &#8230; ]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://www.funnysunday.com/wordpress/photo/2010/11/nishio.jpg" alt="西尾中華そば" title="西尾中華そば" width="500" height="375" class="alignnone size-full wp-image-1345" /></p>
<p>所用があったため駒込に行き、来たついでだからと散歩をした。時刻は昼過ぎで何かを食べるにはちょうど良い具合に空腹にもなっていたので、地元で有名らしいラーメン店に入る。壁にかかったメニューにはいくつか不可解な名の付いたものがあって、中でも「ガリガリ中華そば」というのが異彩を放っていたけれど、その他にも「馬鹿中華」という注文する者の勇気を試さないではいない名のラーメンがあった。だがそれを注文する勇気を持ち合わせていない私はしかし、その中から単なる「中華そば」を頼むのも気が引けて、どうやら安全そうな「特製中華そば」を注文したのだった。</p>
<p>注文した品が出てくるまで連れ合いと「ガリガリ中華そば」及び「馬鹿中華」とはなんであろうかと、議論を白熱させてしまったのだが、彼女が推測するに「ガリガリ中華そば」とは麺が細めんなのであろう、という事で、青いソーダ味の氷菓を思い描いてはその思いを打ち消していた私は、なるほど、と合点し、では「馬鹿中華」とは？　という相手に、おそらく馬と鹿のチャーシューが乗っているのだ、と安易な推測を語っていた。</p>
<p>「特製中華そば」というから、通常の中華そばに比べて何かが特別なのだろう、と思って注文したのだが出てきたのはチャーシュー麺で、普段そのようなメニューを頼まない私は脂身の多い焼豚にやや胃もたれを覚えつつ、ラーメンを食べた。博多ラーメンのような細麺は魚介を多く使ったダシにはあまり合わないのではないかと思いながら、しかし私は他のことで頭がいっぱいだった。連れ合いの推理によれば「ガリガリ中華そば」とは細麺なのではないか、ということであったが、今その推理は間違っていることがはっきりしてしまったのである。その正体がいよいよ謎に包まれてきた時、さっと入ってきた客が店員にメニューの説明を求めた。</p>
<p>「ガリガリ中華そばはガーリックのガリです。馬鹿中華は薄口醤油で作ったさっぱりした味のラーメンです」</p>
<p>我々は推理しようとした己自身が馬鹿らしくなり、足早に店を去るしかなかった。</p>
<p><img src="http://www.funnysunday.com/wordpress/photo/2010/11/kogatei.jpg" alt="旧古賀邸" title="旧古賀邸" width="500" height="375" class="alignnone size-full wp-image-1342" /></p>
<p>やや傾斜した坂を登って行くと大きな敷地に木々が沢山生えているのが見えた。それは旧古河庭園だった。元々は明治の元勲・陸奥宗光の別邸だったが、その次男が古河財閥の養子になると古河家の所有になり、その後英国人ジョサイア　コンドル博士によって現在の洋館と洋風庭園が設計された。</p>
<p><img src="http://www.funnysunday.com/wordpress/photo/2010/11/koyo.jpg" alt="旧古河庭園" title="旧古河庭園" width="500" height="375" class="alignnone size-full wp-image-1343" /></p>
<p>さらに日本庭園を京都の庭師植治、小川治兵衛が作庭した。その敷地面積は30,780.86平方メートルと広大で、ゆっくり歩くと20〜30分はかかる。</p>
<p><img src="http://www.funnysunday.com/wordpress/photo/2010/11/momiji.jpg" alt="もみじ" title="もみじ" width="500" height="375" class="alignnone size-full wp-image-1344" /></p>
<p>今年は不幸もあって出かけることもなく紅葉など見ていなかったのだけれど、思いもせず良い紅葉狩りになり、私は昨年故人と見た紅葉が今心のなかに蘇ってくるのを感じた。</p>
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		<title>Untitled</title>
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		<pubDate>Fri, 26 Feb 2010 11:07:04 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kiyo</dc:creator>
				<category><![CDATA[Essay]]></category>

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		<description><![CDATA[　いつか、と思っているうちに時間は過ぎ去ってしまうものだ。僕には今まで、沢山の書かなければならなかったことがあったように思う。しかしそのどれも僕は書かずにやり過ごしてしまった。それはいつも頭の中で言葉にされるのを待ち望ん &#8230; ]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　いつか、と思っているうちに時間は過ぎ去ってしまうものだ。僕には今まで、沢山の書かなければならなかったことがあったように思う。しかしそのどれも僕は書かずにやり過ごしてしまった。それはいつも頭の中で言葉にされるのを待ち望んでいるのに、一言も、ただの一語も、僕は言葉にしなかった。そのことを悔やんでも今ではもう手遅れだけれど、今、僕はここに、僕の頭の中で言葉にされるのを待っているひとつひとつを書く。それは誰の目にも触れないかもしれないが、言葉の子どもたち—頭の中で言葉にされるのを待っているもの—がただ死んでいくよりは、とても意味のあることだろう。たとえ酬われることのない愛情でも、それを持つものにはとても重大な価値があるのだ。<br />
　ある朝、なんの前触れもなく始まったことが、まだ始まったとすら認識していないことが、自分を知らず知らずのうちにどこかへ運んでいってしまう。それは明確にどの瞬間、と振り返ることの出来ない、ある朝—あるいはある夜—としか言うことの出来ないとても曖昧な瞬間なのだけれど、しかし全てはそこから始まったのだ。僕は自分の小さなアパルトマンの一室で殆ど本に埋もれながら、しかし実際には一冊の本も読まずに過ごしていた。ちょうど手に取りやすい場所にある本を一冊持ち上げては目を通してみるのだけれど、すぐに文章がただの線の重なり合いに見えて来て、僕は本を投げ出してしまうのだった。外からは様々な音が聞こえて来たけれど、その音も殆ど耳に入ってこなかった。視角や聴覚といった感覚がなくなってしまったかのようだった。正確には視角も聴覚も働いているのだが、判断力のなくなった頭がそれらをなんの選別もなしに取り込んでしまうので、良いも悪いもなくなってしまい、ただ色や音が区別なくに頭の中に氾濫していた。距離感すらもおかしくなっていて、もう「ここ」と言えるくらい限りなく近い場所がとても遠く、行ったこともないような遥か彼方がとても近いように思えた。それは宇宙が始まって以来の時間を全て経験して来たかのような感覚で、その感覚からは恐竜もローマ人も同じようなものだった。<br />
　僕はふとテーブルの上でクシャクシャになっている紙切れに眼をとめた。それは図書館で借りた本の返却期限が書かれた紙だった。「我に返る」という言葉はまさにこのような時に使うのだろう。時間という概念の中では一瞬であったけれど、木々が地中から吸い上げた水を枝の先まで行き渡らせていくような、とてもゆっくりとした速度で、僕は自分が知覚を取り戻していくのが分かった。すでに何を借りたのだか忘れていたが、それはプルーストの『失われた時を求めて』だった。もっと正確に言うならば『失われた時を求めて』の第一巻『スワン家の方へ』である。長大な物語の第一遍となるこの『スワン家の方へ』には、この物語の主人公である「私」がマドレーヌをお茶に浸して食べたことから過去の記憶をよみがえらせるシーンがあるのだが、テーブルの上でクシャクシャになっていた紙のおかげで、僕はこの本を今日中に返しに行かねばならぬことに気付いたのだった。「私」が記憶をよみがえらせていく速度もこんな風なものであったろうか、と僕は思った。</p>
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		<title>季節のシーソー〜正弦曲線〜</title>
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		<pubDate>Mon, 28 Sep 2009 16:46:15 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kiyo</dc:creator>
				<category><![CDATA[Books]]></category>
		<category><![CDATA[Essay]]></category>
		<category><![CDATA[堀江敏幸]]></category>

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		<description><![CDATA[堀江さんの文章を読むたびにこの不思議な浮遊感は一体何処から来るのだろう、と思っていた。この『正弦曲線』は堀江さん自らの種明かしのようだ。一定の振り幅の中で行ったり来たりする正弦曲線を乱さずに過ごしていくことは、そこに浮遊 &#8230; ]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p></p>
<p>堀江さんの文章を読むたびにこの不思議な浮遊感は一体何処から来るのだろう、と思っていた。この『正弦曲線』は堀江さん自らの種明かしのようだ。一定の振り幅の中で行ったり来たりする正弦曲線を乱さずに過ごしていくことは、そこに浮遊感を生む必然があったのである。</p>
<p>季節はまるで子どもの頃遊んでいたシーソーのように変化していく。一方が足で地面を蹴って重みの支点からずれると、すっと持ち上がり、また一方が足で地面を蹴ると、そちらがすっとが持ち上がる。そんな遊び方に飽きるとお互いに足を浮かせたまま平均を保ち、シーソーが傾いてしまわないよう静止させてみるのだが、これがなかなか難しく、細やかな体重移動を少しでも間違うと、シーソーはすぐに一方へ傾き始める。しかしほんの少しの傾きならばまだ修復の余地はある。けれどその危うい重みの支点からついにずれてしまうと、シーソーはいとも簡単に傾いてこの遊びは終了となってしまう。季節の変わり目はまるでこの遊びのようではないか。ほんの少し夏が秋へと傾いたかと思うと、今度は秋が夏へと傾いていく。その繰り返しが何度か行われた後、ついには秋が、どすん、と音を立てて着地する。そして再びシーソーを漕ぎだそうと、地面を蹴ってみてももう相手側は不在で、どうあがいても、自分が浮き上がることはないのである。</p>
<p>私は子どもの頃、サッカーや野球という運動よりも、地味な遊具に夢中になっていた。そして一瞬の無重力を感じさせてくれるシーソーは中でもとりわけ好きな遊具だったのだが、周囲の友人は初めは快く付き合ってくれるものの、校庭でサッカーが始まったりすると、途端に私を置いてけぼりにしてそちら行ってしまうのだった。相手のいなくなったシーソーの孤独感は切ないものである。いくら地面を蹴ってみてもそこに無重力の快感は生まれず、自分の重みのみが強調されて行くばかりだ。この頃は夏が去り、秋はこの孤独を噛み締めているのではないだろうか。</p>
<p>シーソーの動きは無重力も生むが、その動きは0を軸にしてプラス1とマイナス1の間を行ったり来たりする、サインウェーブ、正弦曲線のようでもある。婦人公論に約二年渡って連載された堀江敏幸さんの『正弦曲線』の中で堀江さんは「なにをやっても、一定の範囲で収まってしまうのをふがいなく思わず、むしろその窮屈さに可能性を見いだし、夢想をゆだねてみること。正弦曲線とは、つまり、優雅な袋小路なのだ」と述べている。絶えず変化のない状況ではあるけれど、しかし直線的に変化しないのではない、一定の降り幅を行ったり来たりする、思考の、生活の、人生のバイオリズム。その曲線に身を委ねて書かれたこの作品は、著者特有の浮遊感のある文章によって、とても心地よいテンポで進んでいく。絶えず同じ幅で揺れながら続いていく正弦曲線はシーソーのような無重力さえ生むのだ。</p>
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		<title>言葉と抑揚〜文章読本〜</title>
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		<pubDate>Fri, 11 Sep 2009 18:23:58 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kiyo</dc:creator>
				<category><![CDATA[Books]]></category>
		<category><![CDATA[Essay]]></category>
		<category><![CDATA[中村真一郎]]></category>

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			<content:encoded><![CDATA[<p></p>
<p>　口から出て来る音がどのようにして意味を持ち始めて言葉として機能しだしたのか、きっと初めは幾通りかの抑揚があっただけに違いない。しかしそれは言葉というよりは他の動物たちも使っている鳴き声とさほど変わらぬものだったろう。しかし我々人間の祖先は、そのいく通りかの抑揚で仲間に対して迫り来る危険を伝え、己の喜怒哀楽を伝え、そして時に愛を伝えたことだろう。文章というものは言葉の成立と密接に関係している。なぜなら言葉が記号化されたものが文字であり、それを連ねたものが文章だからだ。しかし言葉と文章はそれほど単純に寄り添ってはいない。時に我々の表現が一人歩きし始めると、それを記すためであるはずの文章は、その役割を担えなくなってしまう時がある。日本語の貧しい語彙を補うため漢語を多用した文語体という難解な文章と、直接的な気持ちを表現する言葉との間に広がっていた溝はその良い例ではないだろうか。二葉亭四迷が口語体で文章を書くという行動に踏み切らなければ、明治の言文一致運動は起こらなかっただろうか。しかし文章が言葉を記すものである以上、双方間の溝は埋められなければならず、やはり何か同様の結果をもたらすきっかけは現れたのかもしれない。<br />
　中村真一郎の『文章読本』は口語文が形作られて行く過程が、明治から現代にいたる作家の文章を例に解りやすく解説されていて、二葉亭四迷を始め夏目漱石や森鴎外がその基礎を築き、田山花袋や島崎藤村といった自然主義の人々がそこに客観性を与え、白樺派によって主観性を獲得していく、そんな過程が紹介されている。そして現在でも文章は変化し続けているのだということを教えてくれる。<br />
　現在我々は日常的にメールのやり取りなどをするけれど、そこに記される言葉はどの程度自分の感情を相手に伝えられているのだろう。今程文章が気軽に相手に送れるようになると、思ったことを書いて送る、ということになりがちで、考えたことを書く、という風にはなりにくいかもしれない。例えば「テレビが面白かった」という言葉は自分が感じたことを率直に伝えただけで、そこに自分なりの考えがあるわけではない。メールのように気軽に相手に文章が送れると、どうしてもその言葉自身が軽くなってしまい、意味が希薄になっていくのかもしれない。それは言葉を文字にしただけで文章とは異質のものだ。文章は単純に言葉の記述をするだけのものではなくて、考えを示すものでもある。言葉は本来「感じる、考える、話す」という順番で口から出るもので、しかし現在では「感じる、話す」というものになってしまいがちだ。そしてメールのようなものの発達で文章もそれと同じになってきているのではないだろうか。もちろんコミュニケーションのためにわざわざ「感じる、考える、話す」という順序を踏む必要は必ずしもないかもしれないけれど、幾通りかしかなかった少ない抑揚で愛を伝えていた時代と、愛を伝える言葉がきちんとある現代とでは、どちらがより相手にそれを伝え得るのか、言葉を獲得した人間としてはやはりその「いく通りかの抑揚」には負けられないと思う。</p>
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